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「森田雄三の演劇ワークショップ」に参加して④

体験記 演じる
入り口で丸裸になって、そこから先のことを書こう思っていたけど、とうてい説明できるようなことではないや、と今あきらめることにした。

このワークショップには、どうやら様々な人が参加していて、神戸で20年も続けてきたそうで、はるばる遠くからこのためだけに訪ねて来る人もいた。多種多様としか言いようがない。

でも本当に不思議な気持ちになる。絵を描く時に絵の具で面を触るような、鮮やかな心地よい感触があるわけでもなくて。次に前へ出て何を指示されるのかも、されないのかもわからなくて、自分が放つ台詞すら自分でも全くわからない。不安と興味が同時にあって、緊張と興奮も同時にある。
なぜ、私はこれに参加しているのか、なぜ皆はこれに参加しているのか、全然わからない。そのまま、4日目の発表会という小さな本番を迎える。

人は褒められれば嬉しいし
酷評されればその時は凹むだろう。
でも酷評という反応すら実は得難い収穫だというのも今はよくわかる。

全部はうまく書けないけれど、書けないなりに印象に残ったことを記しておく。

山下澄人さんは、思っていたよりも、ずっと大きな人だった。

この方はなんて天真爛漫というか太陽みたいに底抜けに明るくて誰にでも等しく優しく気にかけていて、すごく素敵だなと思って話していたら、森田雄三さんの奥さんでもありプロデューサーでもある森田清子さんだった。

リハーサルでMさんが、本当は「亡き夫の人格の象徴」としての芝居をする場面で「僕も、愛しているよ」という直前の歌に直接返事してしまうような台詞を言った時、そして全員で大爆笑して「ほら、本当にわかってないからね、この人」「違うの、そうじゃなくて」と森田さんが言ってまたやり直したら、全く同じ台詞を言った時に、爆笑しかけたけれど、笑えなくなった。頭の中に保坂和志さんの「彫られた文字」の中の冒頭部「わからない人は本当にわからないのであって」というようなところの一節が脳内を駆け巡った。これだ、マジでこのことだ、と思った。

山下澄人さんが本番で野球部の顧問が、中学の頃の自分に見ていた野球の才能のことを、ずっと黙って伝えてくれていなかったことに対して「なんで言わなかったのか!それ知ってたら今ごろこんなじゃなかったのに!」とキレはじめて「お前、一生このこと、忘れんなよ!」と言って恨み、あんなに親しげだった先生を罵倒した時、すごく胸がスッとした。私もこの人だったらこの先生のことをこんな風に許せなかったと思う。ろくでなしにとっての、光る部分は、その辺にゴロゴロあるもんじゃなくて、見つけたら一生それを磨き続けて絶対に手放してはいけないような生命線になったりもするのだ。なめんな、先公!という気持ち、すごくよくわかる。と、思っている時点で、私も相当なワルなのではないだろうか。

森田さんの、演劇に関する知識量や経験も当然のことながらすごいのだけど、やはりあらゆる人を受け入れる容量がとてつもない。もはや意味不明な領域くらいのすごさ。貴重すぎて言っていることを漏らさず耳に収めたくてよくよく集中して聞いていたけど、意外とそうしていることは疲れるものですね、ということもわかった。自分の容量不足。そしてもう何年も参加している人はその辺の加減が適当でさすがだ。

そして本番が終わって、打ち上げ前に森田さんが出演者に講評を述べ始めたら、ずっと涙がつらつら流れてきて、でもそれは悲しいとかではなくて、色んな感情が一気に押し寄せた時の涙で、全く止まる気配がなかったし、何も口にしたくないし誰とも話せない状態だったので、一通り全部聞いてから乾杯のタイミングで外へ出た。自分でも意味がわからなかった。なぜ涙が止まらないのか。

たぶん理由はたくさんあって、全てをここでは記さないけれど、参加した4日間が濃かったことと、森田さん夫妻という組合せの奇跡的な感じとか、そのふたりの人柄に感動していたのと、集まってきている人たちのバラエティの豊かさであるとか、全員がこのやり方でここで演劇をやろうと思っていることであるとか、ずっと裏方で料理を作り続けている人たちのことであるとか、自分が参加して自分の中で起きたこととか、山下さんがここで20年前に経験したことをまた経験しに来ていてそのことを人に何とか伝えようとしていること、などなどの、それらが一気に津波のように押し寄せて、私は溺れ、涙が決壊したのだと思う。

神戸アートビレッジセンターを出るとムワッと暖かく、陽射しが明るくて、具合の悪そうなオッサンが、其処此処にいて、アーケードで寝ながらイビキをかいている人もいて、そこを延々と端っこまで歩いて、涙ドバドバ流しまくりながら歩いている私も、相当この新開地に馴染みまくっている登場人物のようなことになっているなあ、と思いながら公園で寝っ転がって、ゴロゴロして、自分の胸の中と話して、聞いて、確認出来たから立ち上がって会場へ戻った。

全てを終えて家路につく時、ものすごい疲労感だった。充実感がそこにあったかどうかすらわからない。楽しかった、とか言いたいけど、楽しかったとは違う気がする。もう一度あそこへ行って、また参加するのかどうか、まだ自分にはわからない。
なんなんだろう?という気持ち。その気持ちが参加した動機だったような気がしたけど、参加した後でも、なんなんだろう?という気持ちが一番大きい。
なんなんだろう?
あそこでああして20年間も続けてきていることとか、全然、意味がわからない。
飲食込みで2000円の参加費なのも、全く意味不明だ。
なんなんだろう。

森田さんが「演劇ってのは、人間って、いいなって思うものなわけだから、やっぱりそこは…」と話していたのを聞きながら、人間っていいな、と思うためだとしたら、これは参加する側にいた方がよりそのように強く思うかもしれないな、と思いながら耳を傾けていた。

公園で寝転がりながら、私は今まで評価を受けるようなこと(賛否どちらも)を、避けていたのかもしれない、と思った。そのことで揺れる自分が嫌だったから。揺れるということは、弱いということだ。誰に何と言われようと、貫けよ、という場面を避けたかったのだろう。このことを思った時にも『文學界7月号』の保坂和志さんの「彫られた文字」の中に出てくる保坂さんの奥さんの言葉「傲慢よね」が頭をよぎった。「評価なんてされなくていいんだ自分のために描いているから」という中年の画家風オッサンに対する辛辣な言葉なのだが、これは丸っと私にも当てはまると思った。評価そのものよりも、評価されることを恐れていたのだね。バカだなあ。誰がなんと言おうと、私のよい部分は消えてなくなりなどしないし、褒められたところで私は何も変わらないのに。誰かに何か言われてヨヨヨ…とヨロケてしまう自分が嫌だったんだろうな。ヨシヨシ。

最後の最後には
私には私がいるんだから
大丈夫。
というところ、つまり
赤塚不二夫のいう「これでいいのだ」になるのである。