読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

森田雄三の演劇ワークショップ神戸のフツーの人たち公演『どケチのど愛』に参加して②

演じる 体験記

一つ前のを書いていから少しずつ色々と思い出してきた。

公演終了して一週間が経ちつつあるけれど、ようやく日常生活がふつうに送れる程度に心身が整いつつある。そのことは後でまた書くとして、ワークショップ参加一日目のことを書こう。

 

一日目は三時過ぎに会場に着いた。さ、何か言ってみて、といういつもの感じで、わりとすぐに順番が回ってきた。震災のこと。私は阪神淡路大震災の時は高校3年生で仙台で受験生だったので体験談がない。なので311東日本大震災の時のことを話そうとしたのだけど「ごちゃごちゃ言わないの」的なことを言われたのですぐに口をつぐんだ。

311のあの日、私は入院していた。二月二十六日、母に誘われて家族で行った丸の内のスケートリングで調子に乗って転倒し、右肘を複雑骨折した。その手術が三月十日だったのだ。朦朧とする中、麻酔が切れて、眠れるかな、とウトウトしかけた時、大きく横に揺れた。これが私の被災者体験だった。

 

「そうじゃなくて、自分が一番しんどかった時のことを、笑いながら話して」という森田さん。順番が回ってきて私は「こないだ全然知らない役所から手紙が届いて、自分トコのでもないし、なんやろ?思って開けたら、父親が、生活保護申請しました、っていう手紙で。ずっと死んだと思って30年、生きてきたのに。しかも生活保護って。」と言った。

 

言った後に、こういうことさえも無駄にならずに活かせるってこと、あるんだな、と思う。なかなか悪くない人生かもしれない。

 

そうこうして、ぐるりと順番が回ってきたり、休憩して差し入れをつまんだりしているうちに、夜になっていった。少しずつ、組み合わせができてきて、少しずつ本番に向けてシーンが組み上がっていく。

合間で「あなた、霊感あるでしょ」と言われる。こうやって森田さんは時々、核心を突くようなことを言ってくる、無防備に。

視えるとかではないけど、感じることが強すぎて、実際それ系のことに人生が振り回されそうになっていたこともあった。でもそんなこと、あまり誰にも話さない。話したところで、共有できる、理解される、とも思っていないから。

それにそのことは、私と「そのこと」との間に絶対的な秘密関係を結んでいて、それは圧倒的に孤独だけれど完璧だし美しくって、他の人には関係ない。自分自身との相思相愛のようなものかもしれないけれど。

森田さんは、脳腫瘍になってそれから霊感が働くようになったという。そういうことはある、何かがきっかけで回路が開いてしまうこと。本当は誰もが皆その回路を持っているのだけど、大抵使われずに閉じていたり錆びていたりするだけだと私は思っているけれど。

 

はい、まだ自分の出番決まってない人。はい、あなたとあなた、はい立って、なんか言ってみて。

「あなた、子供みたいなのね、純粋っていうかね、そういうとこ出して。UFOでもなんでもいいや、なんか見たって言って」

とっさに言われても、そんな不思議体験を人に言ったことなんてほとんどない。

あのことを言ってみようと思ったけど「ダメ、全然、当たり前なのねあなたにとってそういうことは。だから、言おうとしなくていいのその中に居るそのままで言ってみて。」と言われる。

 

聾唖の青年である村田くんに「しゃべって」という。その喋ろうとする、言おうとすることを、やってと言う。声帯を震わせて伝えようとすることを長らくしようとしてこなかったでしょう?でもあなた話せると思ってるから、はい、言って。もっと大きく。

 

これは一見、無茶なことを強いているように見えるかもしれないけれど、そうじゃないのだ。

森田さんは、村田くんと私は似てるところがあると言う。

私もそう思うところがある。

何かな、って考えてたけど、人にわかってもらおう理解してもらおうっていうところの初歩的な段に、絶望的な諦めがあるところが、もしかしたら似ているんじゃないかな。

彼は声帯を閉じることで

私は必要以上に言葉を重ねることで

違うアプローチを試みた。

本当は、そのままで、良かったのに。

 

村田くんに喋れということと、私に不思議なものを視ちゃう人のままで何か言えってことは、実は同じことをやらせようとしている気がした。

そのことがわかった瞬間があって、涙が滲んだ。

これはもしかしたワークショップ二日目の金曜日の出来事だったかもしれない。

本当に何なのかなあ、このワークショップ。

一日参加するとドッと疲れたけど、どこかでそれを歓迎している自分もいて

長い距離、電車を乗り継ぎ乗り継ぎして噛み締めながら帰った。

 

f:id:add-coco:20161030181057j:plain