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森田雄三の演劇ワークショップ神戸のフツーの人たち公演『どケチのど愛』に参加して⑥

演じる 体験記

神戸文化ホール中ホールにて、いよいよ、本番が始まる。

お客さんが席に着いたら、私たち出演者は裏から本来の客席側に回って、後ろの方にバラバラに座り、出番を待った。それぞれがそれぞれの震災服を着てリュックを背負ったりの格好で、席に着く。静か〜にして待っていると、山下さんがおもむろに立ち上がり、携帯でみんなのいる光景を、写メを撮ったその音がパシャーパシャーと響いた。いいんだ、そのくらいの感じでいて。私は演劇に関して全くの素人なので、出番前にこんな風に写真を撮る余裕はないけど、こういうの、ありなんだ、と思いながら緊張していた。たぶん山下さんは緊張していないのかもしれない。俳優だからかもしれない。

竹下くんの歌が聞こえてくる「なーにーがーみーえるー?きょうも〜」幕が上がり私たちは、とぼとぼ、ぞろぞろ、と舞台へ向かい階段をあがる。

私は、最初の立ち位置と次の立ち位置を混同して間違えたが、そのままで進めた。堂々としておくのが間違えていないように見せるポイントだ、というのはバンドをやっていた時に学んだことだけど、あらゆるライブで応用できることだ。演劇もライブだ。態度がそのまま伝わる見世物。

みんな、少しずつというか、感じが昨日の本番とは全然、違う。また別の感じで立ち上がってくる。セリフを言う感じも少し違うし、なんならセリフも違う。

自分の順番が来るまでセリフを反芻しておきたかったのに、舞台の上では頭が真っ白になっていてそれすらできなかった。出番だ、となったら口を開いて出てきたことを言うだけ。

見られる立場の自分が、同じ舞台にいるみんなの芝居をジロジロ見たり笑ったりしていいものかわからず、空をじっと見ていることにしたが、時々どうしても笑ってしまった。舞台上にいるとき、どこを見ていたらいいのか、笑っていいものなのか、戸惑う。本筋の人たちは出たり入ったりしているけれど、私たちはずっと舞台の上の片隅にい続けるので、どうしたものか、と思いつつも虚空を見つめたり、演者を見て笑ったりしていた。

見ていて印象的に残った私にとっての名場面いくつか。

政野さんの夫が郵便配達員で、郵便物を箱から捨てたくなるってところは、何度聞いても切なくて胸が苦しくなる。

山下さんが「活断層」って言ったシーン。絶妙だった。活断層という言葉をこんなに響かせて、こんなに笑い取れるのすごいと思った。

ボランティアで歌ってる人として出てきた竹下くんが、相槌打つ風にうなづきながらギターをシャーンと鳴らすところ。イラっときたけど、こういう曖昧なやついるわ〜と妙なリアリティを感じた。

梶原さんのマリー、天然アホアホしいところが面白かった。素朴なのかあざといのかよくわからないフィリピン人だった。マリーに好きだという妙島さんのリョウタは本当に気持ち悪くて情緒不安定そうでアホアホしくて、いいカップルだと思った。前のカップル(竹下&澤田)の最後が、本来は妙島さんが予定していた後ろから抱きつき歌う形で終わってどうするんだろう?と思ったら、すかさず変化させた妙島さん流石だった。

この日の「ムラサキツユクサがね」と入るタイミングが美しかった。中島さんは何回もこのシーンを稽古してきたけど、入るタイミングがこの日完璧だった。山村さんはいつも通りのハイテンションウインクで、そこにさらにかぶせた土師さんのスマップ。誰もが個人として完全に破綻していて滑稽なシーンになっていた。大西さんは、心根が優しいのか気持ち悪いのか微妙な感じで良かった。

酒井くんは、こなれている感じがするけどこの人のことは本当にわからないので、そういう意味で得体の知れない感じ。優しいのかも知れないけれど冷酷なことも平気で出来ちゃって病みそうでもある。風俗の面接をシレッとできちゃうって、すごいなと思う。

山村さんとブッチさんのシーンでは山村さんがブッチさんの様子を見ながら転がしている感じがすごかった。ブッチさんは今回ハマリ役で、頓珍漢なのに強引で強欲なのにチャーミングでクレイジーな親方の役にすごく絶妙なハマり方をしていてとても面白かった。特に「歌えるよ」と言って若さだか元気さをアピールしているつもりなんだろうけど歌った曲がめっちゃ古臭い歌で、しかもいい声で歌い上げるから、とても滑稽で面白かった。

リーさんが「お前とお袋、仲わるいからウサギ買うたんや」ってところ、しみじみとリアルで良かった。

金盗まれたシーンで、村田くんが「わからない」と言った時はジーンときた。クララが立った的な感動(アルプスの少女ハイジのアニメ、嫌いですけどね)

あと松尾さんが「兄貴、なんでこんな奴ら雇ったんすか」っていったセリフによって兄貴のあくどさに深みが増してすごいと思った。悪い奴ってのは障害のある人達ですら利用して儲けようとすることが脳裏に浮かんだからだ。助成金とか貰って。

そして自分のシーン。全く覚えていない。とにかく自分の番はバンジージャンプだ。頭真っ白になって立って、池本さんとの間合いを感じながら口をつく言葉を放つだけ。意図も何もない。十五〜六歳の不思議なもの見ちゃう人っていう設定だけがインプットされている。臆病者のくせに、全身全霊でそこにやっとのことで立っている、それが私の全てだった。それだけのことだった。

終わったら、哀しい音色のトロンボーンと、竹下くんの弾き語る満月の夕に声を合わせて歌う。涙が止まらない。急にホッとしたことと、なんだろう、わからないけど泣いていた。

ありがとうございました、と山下さんが言う。みんなで挨拶をして、はけた。

大したことないたったあれだけのことに神経を集中させて奮いたち絞り出したのでもう完全に決壊していて、楽屋の奥の裏の扉のところ辺りでで、ワーワー声を抑えながら泣いた。何もかも全部出し切るみたいにして泣いた。生まれてきた赤ん坊が新しく空気を吸い始めるために全身で肺の水を吐き出すように、泣いた。

ヘトヘトのヨレヨレになって楽屋に戻るとすぐに講評だ。雄三さんがまず話す。出演者が一人ずつ今日の良かったところをあげていく。清子さんや山下さんや裏方さん見に来てくれた関係者がそれぞれ言う。

舞台としては破綻していなかったし概ね良かったようだった。前日の本番との比較もあったり。良かったところ、昨日の方が良かったところ、どちらもある。

一人、私のシーンが良かったと言ってくれた人がいて、ありがとうございます、と言い少しホッとした気持ちになったけれど、嬉しいとかそういう気持ちには全くならなかったし褒められている気もあまりしなかった。人がどう思ったかと、自分の中身が関係なかった。とにかく私は出て行くまでしんどかったし絞り出したばっかりで放心していたし他者が見てどう思ったかが、あまり気にできなかった。とにかく私によって、めちゃくちゃに壊してしまったりしていなくてよかった。それだけだった。良かったと言われても、実感がないのだ。自分の体感としてはバンジージャンプ。恐怖と勇気と解放感と身を委ねた感覚と疲労感。ヘロヘロのヨレヨレ。

片付けも終わって帰るときに山下さんに声をかけてもらって打ち上げに少しだけお邪魔した。前の日もそうだった。だからというわけじゃないけれど、山下さんの、そのような気にかけてくれ方が、優しくて、ありがたかった。

あと、清子さんやトヨコさん、石田さんたちの裏からのサポートが本当にすごいと思った。ちょっとありえないくらい、真心から動いて支えていた。

森田さんご夫妻といい、山下さんご夫妻といい、このワークショップ周りの人の温かさとかなんなのかな、ちょっと不思議なくらい、奇跡的なくらいに、根底からの優しさが結晶している。すごいなーと思う。

こんな風に現場でどうだったのか反芻できている時点で、もうだいぶ経って回復している。今日でもう二週間たった。実は終わってからしばらく精神分裂症というか、気味くらいだったけど、スカスカのヨレヨレになっていて、一週間くらい戻れなかった。やろうと思ったことと体の動くことがチグハグで、物を落としたり日常生活がちゃんとできなかった。それくらいの出来事だった。私はもしかしたら一度死んだのかもしれないとすら思ったりした。おおげさだけど。

山下さんとか妙島さん松尾さんリーさんみたいに、あんなにありのままで縦横無尽にアドリブで遊べるぐらいの余裕で、スイスイ泳げたら楽しいだろうなあと思う。でも、あの人たちもシンドかったりするのだろうか?全然そんな風には見えないけれど。

本番直前はあんなに怖くてもう絶対に二度とやらないぞ、一人で篭って創作する生活の方が性に合ってるし、絶対に向いていないからもうこれきりにしようと決心したのに、終わって二週間もすると、なんとなく楽しかったような気もするし、またやりたいような気もしてくるし、早く会いたいような気すらする。そんな自分を恐ろしいと思う。喉元過ぎれば熱さ忘れる。たとえ食道に大火傷してたとしても。

関わってくれた皆さん、支えてくれた家族たち、見守ってくれている友人たち

全ての存在に感謝します。

どうもありがとうございました。