不思議うまれ人間そだち

林 葉月が見た世界、描き記す絵と言葉

ことばがつまっていた

去年、NYに母と旅をしてあまりにもたくさんのことを感じたり

その後も自分に変化が起き続けたことで

感じたことや考えたこと、想いを

ことばに紡いだり

色や形に表したりということができなくなっていた。

 

NYに行く計画を立てて、みんなにも応援してもらっていたのに

その報告もブログに書くことができなかったり

帰ってから描く約束の絵を仕上げるのも1年以上かかってしまった。

 

何か大きな出来事や変化の最中にある時

自分の感じていることがたくさんありすぎて

アウトプットが全く追いつかないどころか

停止してしまうことがある。

 

伝えたい想いが消えたわけでもなく

ただただ、できなくなる。

 

自分にとって大切なことや

核心に触れるような出来事であればあるほど

そうなってしまう傾向があるように思う。

 

そんな時にできることは

そんな風になっている自分を

極力、責めないようにすることだ。

 

あれもこれもやろうと思っていたのに

できない

できないできないできない

ここで、自分を叱責すると

ますますできなくなる。

なんて自分はダメなんだろうって

思いつめたりすることは

簡単だ。

だけど、こうなってしまったのも仕方ない

無理ない

だって、自分にとってどうでもいいことではないのだから。

適当に、やっつけてしまわないことのほうが

ずっと大事だと思う。

 

 

昨日、誕生日を迎えて

朝から小沢健二の「神秘的」という曲をiPhoneからではなく

ちょっといいスピーカーからかけて聴いていたら

やっぱり、とても良くて

魔法的ツアー以降の新曲群や声の出し方、歌い方、音の繊細さとダイナミズムがそこに放たれていて。

 

だけど一番大切なのは小沢くんが本気で真剣に全力で生きてることが伝わってくることだな

と思った。

 

真摯に生きて、思いっきり全力で真剣に本気で放たれた表現というのは

他者に力を与え得る。

人を元気にしたりする。

 

そんなことを感じて

誕生日という節目に

そうだ、よし、表わそう、伝えよう

と踏ん切ることができる状態になったのだろう

こうして書いている。

 

そしていつも不思議だなって思うのは

ことばで表現することに詰まりを感じたら

手を動かして何も考えずに絵を描くことで

そのあとことばがスルスルと表れ始める。

逆に、絵が描けないって時には

歌ったり、踊ったり、言葉を紡いだりしているうちに

どこかがほどけて、無心に描けたりする。

 

その、歌ったり踊ったりとか

やりたいこと、やろうと直接思っているようなことじゃないことを

している時も

実は、やっているのだな、と思う。

 

私たちは全身で、感じて、全身で考えているのだから。

 

ただ、ぼんやりと何もしていないように見えるときも

 

私は、絵を描いているのです。

私は、言葉を紡いでいるのです。

私は、歌を歌っているのです。

私は、踊っているのです。

 

何もしていない人の言い訳にしか聞こえないかもしれないけど

けっこう、本当のことだと思っています。

 

自分を裁かず、ただただ、自分であり続けるという選択というのは

それだけで創造的なことだと思っています。

 

何もしていなかったことって

なかなか今までなかったし

何もしないでいることって

実はなかなかむずかしいことでもあると

思っています。

 

つい、何かしら責めてしまったりするしね。

 

というわけで、ちょっと長くなったけれど

やりたいことや、やろうと思っていたこと、いることは

山のようにあるので

これから思いっきり描き出していこうと思っています。

 

どうぞよろしく。

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歌う・こころ放つ

先日11/25に友人の片岡由紀さんから誘われて「第2回へっぽこ音楽祭」に出演しました。
第1回のときは、ライブペインティングをしたけれど、今回はひとりで歌いました。

 

最近は時々、吉田寮南寮裏駐車場の樹々と響き合う中で、ひとりになって歌っています。

 

人から離れて
樹に囲まれているときの
自分の何者でもなさ
そのままで歌うことの至福。

 

捧げるなんて大げさなものではないけれど
何者でもない自分の震える音に
心を乗せるということ
その音で響き合うこと

 

なんて心地よいのでしょう。

 

そんな音を人前で現すことは
ほんのり恥ずかしくて
ほんのり恐ろしくて
勇気のいることだけど

自分の中が空っぽになるみたいで
心地よい。

 

ほんの少しの勇気を出す瞬間のことが
私はとても好き。

 

生きてるって感じる瞬間のひとつです。

 

3年くらい前につくった曲「とおいとおい(仮)」
原田郁子×忌野清志郎の「銀河」
最近できたばかりのまだ名前もない歌
の3曲でした。

 

ひとりぼっちで密かに歌っているときのうたも好きだけど
熱情をはねっかえらせながら
ほとばしる魂を露わにするような
そんなうたを歌いたいなと
最近は思ったりもしています。

以下に自作の歌詞を載せておきます。

 

「とおいとおい」
街の灯りがそっと消える
夜の風が波を散らす
とおいとおいくにのうたを
風がそっと運んでくる

雨の匂いの生まれるとこ
虫が羽を伸ばす時間

鳥も猫も夢をみてる
森の色も戻ってくる

だれもいつかいなくなって
何も見えない中でうたう

友よ友よ聞こえるかい?
夢にみてた今日の日差し

うたううたう心放ち
遊びながら転びながら

だれもいつかいなくなって
何も見えないままで踊る

友よ友よ見えてるかい?
夢にみてた今日の光

おどるおどる心放ち
遊びながら転びながら

 

 

「まだ名もないうた(仮)」
見えない星に
ただひとつ
ころがる石の
歌うこえ
時を越え届く
花の色
われたちはつどい
響きあう
わすれたことばの
面影に

森田雄三さんおわかれフェスティバル

11/1(木)

10/29の明け方に森田雄三さんが亡くなったとの知らせを受けて、東京へ向かう。

最初は、節約しようと思って午前中発の高速バスで向かうつもりでいたけれどおわかれフェスティバルに間に合わないかもしれないので

新幹線で行くことにした。なんだかんだ遅くなって品川から乗り換えて上野毛で降り、15分くらい歩くと夜の7時過ぎに世田谷の「楽ちん堂カフェ」に着いた。

ガヤガヤと人が喋りながら出入りしている。

行こう行こうと思っていたのに、機会を逃してしまって、初めての楽ちん堂カフェになってしまった。

着いて、受付でWSでお会いした方とことばを交わすうちに、せっかく来るなら生きている時に来れたらよかったのに、という気持ちが湧いてきてしまって

涙が溢れてきた。

雄三さんに話してあげてって言われて、棺桶に入った雄三さんに近づく。

ぺたーっとした質感の顔になっていて、つい目を背けてしまう。

綺麗だった。だけど、知っている雄三さんのどの感じでもなくて、見ても見ても、目が勝手に違うところを見てしまう。

雄三さん、本当に、もう、この体の中にいないんだ。

綺麗な顔で、静かに横たわってる。

確かめたくて、頬を触ってみる。冷たくて少し硬い。

雄三さんは、どこに行ってしまったんだろう。

あの人懐こい笑顔の。

何度も、目がウロウロしては、やっと、顔をしっかり見ることができるようになるまでに

涙が何回かこぼれた。

綺麗。だけどぺたーっとしている。

花をもらってきて、棺桶に入れた。

たくさんの花が雄三さんの周りに集まっている。

棺桶には子ども達や大人の姿をした子ども達が描いた絵や文字が沢山わちゃわちゃしていて賑やかだ。

実際、大人の姿をした子どもの人や、子どもの姿の子ども達が、食べたり飲んだりしゃべったりして周りにいた。

アンケートを書いた。

私が出会ったのは2016年の神戸のWSだった。

初めての場所、初めての人たちの中に入っていくことは、緊張する。

車椅子で「おう」とカブックに入ってきて喋り始めた雄三さんを少し離れたところで見ていた。

雄三さんは参加者が来ると、まず前に出して、黙って座って、とだけ言う。

そうすると、座っている人からたちのぼるその人の背負っているものみたいな感じが

じんわり現れてきたりする。それをサッとすくい取って言葉にする。

その鮮やかさに、私は釘付けになった。そして、なんて恐ろしいことをしているのか、とも思った。

何も隠せない。人の纏っているその人の生き具合を、ペロンと剝ぐ。

衝撃だった。

道中よりもさらに緊張していた。だけど、緊張は緊張のまま自分でいることは割と大丈夫だなと自分で思った。

次、自分の番。はい、あなた、初めて?はい、出てみて。

まっすぐ前を向いて、ただただ座っていた。怖いけど、怖くない、これが私だから大丈夫。

雄三さんは言った

「見て、綺麗でしょう。なんか知らないけど、太った人だなあ、と思ったけど、すうっと。ほら。俗世間がもう関係ない人ね。ほら」

私は、驚いた。

そもそも、人前に出て「綺麗」だなんて誰からも言われたことがなかった。

そうです、俗世間に興味がないです。どうしてわかるんだろう?という気持ちと、やっとわかってもらえる人に会えたという気持ちと混じって

素直に嬉しかったし、衝撃的だった。

 


そんなことを思い出しながら、アンケートを書いた。

山下さんや山下さんに誘われてきた人たちが、何か食べながら雄三さんのスライドショーを見て息子の善さんたちと話したりしている。

かおりさんは、来る人たち全員に声をかけて回っている。

 


私が唯一出演した「守銭奴」の時のマリー役をやったかじぱんと会って、少し話をした。

東京に引っ越して働きながら暮らしている彼女は、前に会った時よりも元気そうだし生き生きしていた。

 


温かい鍋を囲みながら、辛いだの美味しいだの言いながら隣の部屋に雄三さんを見に行ったりして

遅くまで居続けてしまった。

私は、その場にいる誰よりも多分、雄三さんと過ごした時間が短くて交わした言葉は少ないと思う。

いや、会ったことのない人も来ていたから、そんなこともないか。

 


「いーじゃん、細かいこというなよぉ」

 


って、雄三さんなら言うだろうか。

 


「あーた、バカでしょ。何にも考えてないんだから。頭ん中からっぽ。」

 


って、また笑って欲しい。

 


目の前にいる、ペターっとした質感の雄三さんを見ながら、棺桶に肘をついて何人もが酒を飲む。

時々、涙ぐんだりしながら、いろんな人が来て棺桶を囲んで話す。棺桶の死体を囲んで写真を撮る。

子どもたちが棺桶に絵を描く。

 


みんなが囲んでるのは、

死体なんだけど、雄三さんだから

こんな感じなんだ。

なんだか楽しい。

 


スライドショーに流れてる写真は

いつかのどこかの演劇公演やワークショップの写真。

 


目の前で笑う息子さんたちの顔の中で

雄三さんと清子さんの顔が混じって見える。

そして少し、安心する。

 


誰と話し込むわけでもないけれど

立ち去りがたくて

ずっと居てしまった。

 


明日の焼き場まで

どうしても見送りたくて

図々しくも

清子さんに申し出たら

もちろん、いーよ、おいでー

と言ってくれたので

見送らせてもらうことにした。

 


アンセが山下さん達を車で送るというので

便乗して駅まで送ってもらった。

 


来たことのない駅から電車乗り継いで、よく知っている吉祥寺駅まで行き

かつて働いていた頃のことを思い出しながらアーケードを歩き

住宅街を歩き

友達の家に着いた。

 


仔犬だった犬2匹がワンワン吠えて

友達が起きてきてハグをして

少し喋って眠った。

 

 

 

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NY到着☆

NYに着きました!

 

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JFK空港



やっぱり準備は直前にバタバタしてしまって

徹夜で出発。

時差ぼけ対策になってるといいんだけど。

 

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入国直後



 

ニューヨークJFK空港から

Air TrainJamaica駅へ、そこからLong Island Rail RoadLIRR)で

Penn Stationへ行き地下鉄1に乗り換えて79thで降りてホテルへ。

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Air Train 車内

 

空港着いてからどうやってホテルまで行くかを全く調べてなかったので

飛行機の中で母の持って来た地球の歩き方で調べました。

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車窓から見える建物も趣がある

 

ドコモのiPhoneSIMロック解除しておいたので

着いたら日本で買ってアクティベートしてあった

現地のsimカードに入れ替えればすぐに携帯も普通に使えて

非常に便利。

 

ホテルはこんな感じ。

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ツインベッドの落ち着いた室内

 

ぶらぶら散歩してから

2014年のPOPEYEニューヨークシティガイドのMAPを片手に

レストラン探し。

 

超老舗の「ソウルフード」が食べられる「Jacob’s Pickles」に行きました。

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fried pickles

 

腹ペコだったんだけど

さすがの私でも残してしまうほどの大盛り。

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サラダだけど肉がメイン

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パンケーキにフライドチキンとカリカリひき肉がかかって甘しょっぱい系



店内にはご機嫌な音楽が結構デカめの音量でかかり

隣の席の黒人カップルのお兄さんが音楽にチョイ乗りしている私に微笑み

ノリノリで歌ったりとても楽しそうに食事していて

 

なんつーか

 

すげー楽。

 

NYに来たら私がいかに日本で無意識に「窮屈」を感じながら暮らしているのか

よくわかる。

 

日本じゃ「すみません、体調不良で肥ってしまって」と思いながら

痩せなきゃってすごい無意識に染み渡る感じで暮らしているのだけど

 

NYに着いたら

 

「あれ?私、痩せてる?小柄?てかそんな体型のこととか誰も気にしちゃいないし、そんなことを軸に人を見る人がそもそもいない。だからそんな風に見られている感じもない。見た目とか痩せてるとかでジャッジする風潮が当然ぽくある日本がむしろ異常。」

 

と即思いました。

 

すんごい沢山の色んな人達がいる中で

いちいちそんなこと誰も気にしない

気にしてたら多分、そっちが異常なこと

だって、当たり前じゃん一人一人全員違うんだし。

 

はー。すんごい楽。

 

人々の集合無意識って、結構、影響しあってるよねと思うのでした。

 

ホテルからORESTAさんにも電話をして感動の再会話。

なんてったって37年ぶりですから。

 

NYへ会いに行く!と息巻いて来ましたが、実際、ORESTAさんはNYの街中から2時間北へ行った町に今は住んでいるそうです。

 

37年前は隣のニュージャージーのアトリエがあったんだって。

5歳の私には距離感がよくわからなかったし、ORESTAさんとNYマンハッタンで遊んだ記憶があったから

NY!と思っていたけど、感じのいい広くて天井の高いアトリエは確かに街中なわけないよね。

 

当時よりも今はなおさら家賃が高騰し、アーティストの多くは北のほうの町や、ブルックリン、クイーンズなどに引っ越しているそうです。

 

というわけで、こちらは深夜2時半。

明日のために寝ます。

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街角には花屋が気楽な感じであって、好きですそういう感じ。

おやすみなさい。

 

 

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押すなよ絶対に押すなよって言って煽ってみたくなりました。

ダメ、ぜったい(って言われたらやってみたくなるじゃんねと思う麻薬取締ポスター)

 

 

 

小沢健二「春の空気に虹をかけ」コンサート感想文

小沢健二氏が公式ホームページにて

Kenji Ozawa 小沢健二 Official Site ひふみよ

コンサートツアーの感想文、感想絵、などなどを5/6まで募集しているということだったので、帰りの新幹線で書いて送ったものをここにも載せておきます。

私が参加したのは以下の3回。

4/23東京国際フォーラム

4/29大阪城ホール

5/3日本武道館

 

***********

 

物語を見たような気がした。
小沢健二の軌跡。

東京国際フォーラム大阪城ホール、武道館
見るたびに、あ、やっぱりこれって物語だよな、と確信が深まる。

冒頭のアルペジオ
歌の出だしとともに虹色に光る空気の泡が放たれていく中
伸びやかに歌う姿、輝く演奏者たち、私たち
みんなで生を肯定する
祝祭の始まり

そして舞台演出のテーマは
「魔法を取り戻すこと」
なんじゃないかなって思った。
光があって、人がいて、透明な石があって
その透明な石は、本当の心、みたいなものでできていたかもしれない
そこに光が当たると、光が虹色になって
四方八方に、遠くまで届く
古代から太陽の光とその射す軌跡
そしてその光を反射させることは
力のある「魔法」だったはず。

原始的なもの。
手があって
楽器があって
石があって
光があって
柱があって
紐があって

音楽はもともと魔法だ。
そのことがビンビンに伝わって来るステージだった。

それと!
魔法的で聞いて、とにかく興奮して
歌詞の全てが素晴らしく絶妙で
今までの私や人や時代の全てを超全肯定された気持ちになった
あの名曲
「フクロウの声が聞こえる」
を!あの大人数で奏で声を合わせ熱唱できたことが
何よりも最高に嬉しかった!

ものすごい大名曲だと思っていて
最近の最も熱い曲
今を表し、未来に光を当てるような
そんな大団円の曲こそ
こういうある意味、混沌のある
老若男女が大勢集うようなシチュエーションで
聴き、歌いたかったので
もう、本当に最高でした。

最終日は特に
最後の最後に「フクロウ」をやってくれて
もう本当に一番最後にこの曲で大盛り上がり
したかったので
超最高!だった。感無量。
極まった。

野外で時折、雨が降るステージだったけれど
大阪城や北の丸では、暗闇の中で虹色の灯りがぐるりと丸く二段に点灯し
私は宇宙船に乗っていたんじゃないだろうか。
時空を行き来しつつ2時間のフライト、私たちはけっこう高く飛んでいたように思う。

最後に
ステージ上の演奏者達の誰もが楽しんでいて
もちろん観客側の私達も誰もが楽しんでいて
またもやユートピアやむなし!
だったけど
こうして現代の都市の言うなれば「本丸」みたいな場所で
こんな風に晴れやかな祝祭が開かれ
人々が喜び合い声を合わせて歌うことって
とても
魔法的
だと思っていて。

地球にとっても
ツボ押し
みたいで
きっと気持ちいいって
喜んでくれているんじゃないかな
パチャママも。

そんなことを感じながら想いながら
今、新幹線の帰路の中。
真っ青な青空に富士山がキリッとカッコいい。

またいつか祝祭があれば駆けつけます。

朗報、待ちます。

最高の時空を
祝祭を
どうもありがとう!

 

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NYへ行く準備もりもり

こんにちは!

 

いま私は新幹線の中でこれを書いています。

 

今日は小沢健二「春の空に虹をかけ」ツアーの

武道館最終日です。

 

私は22年ぶりに武道館で小沢健二を見ることになります。

 

1996年以来、いろいろなことがありましたね。

感慨深いものがあります。

 

ところで!

いよいよ9日からNYへ行きます!!

 

前回、こんな告知「わだばおっ母とNYさ行ぐだと言う葉月を応援する方法」

 

をしましたところ

 

「応援したいので絵を買います!」

 

というお申し込みが来たり

 

「応援しています。楽しんできてください!」

 

と連絡が来たり

 

「いつも楽しみにしています。ポストカード送ってください」

 

と、あちこちから!!

 

私、実は、あのブログ投稿したりツイッターで告知したりした直後から

 

自己嫌悪というか

自分に対するバッシングが私の中でうごめくのを感じていました。

 

「人に頼ってばかりで情けない!」とか

「先に代金をいただくなんて!」とか

「恥知らず!」とか

「無力!」とか

「こんなやり方、間違ってる!」とか

 

それで、その自分バッシングの声にめげて

告知ツイートを一度取り消したりして笑

一晩、布団に潜って感じ続けました。

 

実際に聞こえているわけでもないのに

自分を批判する声が自分の内側にいる

私をジャッジする私の無意識

 

その声に耳を傾けながら

ひとつひとつ解いていきました。

 

「誰かに頼ることは悪いことではない」

「先に代金をいただけるのは、信頼、していただけてるということ」

「誰かにお金をもらうことは、助けてくださいっていうのは、恥ずかしいことなわけでもない」

「私は、無力ではない」

「いろんなやり方があっていい。いろんな達成のされ方があっていい。」

 

身が捻れるほどに、悶えながらも

静かに、静かに、大丈夫、大丈夫

 

と自分をなだめていました。

 

すると、翌日には、熱が引くように

自分バッシングの声はほとんど聞こえなくなり

静かな、安心感が生まれていました。

 

私は、この私のままでいい。

 

私は、私らしくいることで

 

大丈夫なんだ。

 

そんな風に思えるようになりました。

 

そうしていたら「振り込みましたよ!」とご連絡が届いて

 

涙が溢れてきました。

 

本当に、心底うれしかった。

 

人とのご縁を感じました。

 

私は、自分が「いい!」と思うものや思うことに

 

まっすぐ向かって行ったら

 

そこで出会った人たちが、こうして、応援してくれるって

 

連絡をくれたり

 

いつも読んでいますよ、楽しみにしていますよ

 

って、言葉をくれて。

 

私、本当に、嬉しかったです。

 

そんな風に、思っていただけてたんだなって。

 

それと同時に、絵を描くことにも、熱いものが心に灯りました。

 

 

目一杯、楽しんで、目一杯、いい絵を描こう。

 

 

素直に、そう思いました。

 

 

そして、そのことをまた喜んでくれる誰かがいて

 

その誰かと出会えていて

 

私は、なんて幸せ者なんでしょうか。

 

また泣けてきちゃいます。

 

どうもありがとう。

 

NYに向けて、いろいろな準備をしつつ

 

もっとアウトプットをたくさんしていきたいなと

 

思っています。

 

そうだ!告知するのを忘れていましたが

 

paypalでも支援金を受け付けています。

ご自身で金額を決めて振り込むことができます。

クレジットカードも使えます。

こちら⇩

http://paypal.me/addcoco

 

「未来の絵」4名様からご依頼をいただき

その他ご支援により

 

合計76853

 

ありがとうございます!!!!

 

伊丹空港からNY往復の飛行機代が

 

135000

 

だったので、ちょうど半分くらいです。

 

すごい!!!

 

短期間で、こんなにご支援、信頼していただいてるんですね、私。。。

 

ありがとうございます!!

 

引き続き、ご支援、ご賛同

 

よろしくお願いします!!

 

 

あ!

 

それと、LINE@というのを始めまして

メールマガジンの代わりに

ブログには書かないようなことも

書く予定で

出発までに登録していただくと

10分間無料遠隔ヒーリングが受けられるクーポンを

特典でお付けしています。

 

IMG_1966.PNG

https://line.me/R/ti/p/%40hazukihayashi

 

他にも、色々企画が溢れています。

 

そうだ!37年前にオレスタさんを訪ねた時の写真が出てきたので

 

またそのことについても書きますね!!

 

ながーーーーくなってしまいましたが

 

一旦ここまで!

 

アディオス!!

チャオー☆

 

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ポチッとよろしくお願いします

 

遠隔エナジーワークのご感想をいただきました。

遠隔エナジーワークのご感想をいただきました。

 

良く言えば感受性豊か、悪く言えば過敏体質

体感の内観が細かく出来すぎていていつもどこかしら具合が悪い

そんな私が、自分のそれらの特徴をちゃんと才能として活かそう

自分の感受性をエナジーワーク(ヒーリング)にも役立てよう

って確信したら、依頼を承りました。

 

いただいた感想はこちら

 

 

 

遠隔ヒーリングが始まる時間になりベッドに横になると

何故か物音がうるさく感じられイライラし始め

「これはヒーリングを受けられる様な状態じゃない!」と焦っていたら

直後に意識がなくなる様にパタッと眠ってしまいました。

多分ヒーリングが終わった1時間後にパッと目が覚めると気持ちも身体もスッキリしていました。

ヒーリングを受ける前、夫に対して負の感情を抱く事が多く

以前された事を許す事が出来ず思い返しては腹わたが煮えくり返り

怒りに囚われている自分が嫌だったのですが

ヒーリング後、夫が人が変わったように優しくなり

私自身もあんなに許せなかった事が急にどうでも良くなって

穏やかな気持ちで夫と過ごせています

仕事も順調ですし何だか、これから良くなるイメージで溢れています。

 

 

 

今回はご本人と父母姉妹まとめてのご依頼でした。

家族関係をチューニングすることでパートナーシップに変化が現れたようです。

男性性や女性性のバランスが良くなったとかそういうことも関係してきます。

 

そんなわけで、ご家族まとめてとか、土地や空間、飼っていた動物など含めたりも可能です。

 

ちょっとしたチューニングとして

 

日々のメンテナンスとして

 

お気軽にお声お掛けください。

 

 

 

 

葉月のエナジーワーク『Magical Slits

 

一般的には視覚化・意識化されていない回路でエナジーを動かします。

その方にとって最適な状態を呼び起こすような働きかけです。

 

・①遠隔エナジーワーク30

・①+②遠隔リーディングをして絵を描いて必要な質のエナジーをそこに注入ポストカード1

 

お申込み

平日・土日祝ともに10時頃~24時頃の中で調整するのでご希望の日時をfacebookメッセンジャーかaloha@add-coco.comまでご連絡ください。

 

 

宇宙料金制

体感したエナジーやLOVE、お気持ちをお金に変えて

お支払いください。

遠隔の場合は終了後3日くらい以内にお振込でお願いしています。

 

 

実験的に「宇宙料金制」にしてみています。

プリミ恥部さんという方が考案したのですがその考え方に共鳴して採用しました。

宇宙料金制ならいろんな人が受けられるし、そういうエネルギーの循環としてお金も回せていけたら素敵だなと思って。

私が主催している「あまなつだれでも食堂」も自由料金制(自分で払う額を決める)で運営されています。

ここではプリミ恥部さんにリスペクトを表して「宇宙料金制」と記しています。意味は自由料金制とほぼ同じです。

 

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ポチッと応援よろしくです。

 

素敵な1日を☆

 

わだばおっ母とNYさ行ぐだ!と言う葉月を応援する方法

前回の記事で

「応援してください!」

とは書いたものの

 

どうやって応援してほしいかまでは書いていなかったので

今回は

「わだばおっ母とNYさ行ぐだ!と言う葉月を応援する方法」

を書きたいと思います。

 

まずはこれまでの経緯をざっくりおさらい。

 

母の親友が住むアメリカのニューヨークに

母と二人で訪ねて行ったのは1981年の春でした。

私はまだ5歳で初めての海外旅行。

 

母が20代の頃にギリシャの島で出会ったアーティストのオレスタさんとは

その後も何年かは交流していたものの、いつしか音信不通になって

連絡が全く取れなくなっていました。

 

私も母も「死んじゃったのかもね」なんて話していました。

 

が、去年、思い立ってインターネットで検索してみるとそれらしき人を見つけ

連絡をしてみたら、返事が返ってきたのです。

 

母も気づいたら70歳。オレスタさんは76歳。

二人とも元気なうちに、37年ぶりの再会を果たしたい!

 

私が子どもたちの世話をしながら生活費でギリギリなのを知っている母は

 

年金暮らしの中からなんとか飛行機代を出してくれようとしましたが

今までかじりまくったスネがもう細くなっていることも

私は知っています。

 

今までも、私は、自分のできることや得意なこと好きなことで収入を得ようとしてきて

 

だけど、なんでだろうね笑。うまくいかないこともたくさんあった。

 

うまくいかないというか、ちょっと日和ったり、ブレたり、いい人ぶったりしていたんだと思う。

 

そうやって、本当の自分を表に出すことを恐れて、小さくなっていたんだねって今なら思う。

 

どうせ才能なんてない、とかもっと上手な人なんてたくさんいるとか

 

私じゃなくてもできる人なんてたくさんいるでしょう、とか

 

そう思いつつも、世の中を見たら見たで私の方がよく出来るとか上手だしとか思う自分もいて

 

非常にめんどくさかった笑。

 

 

だけど、そういうの一つ一つ確認して、手放していった。

 

感じる能力が強くて、敏感で

 

だけど、そのことがバレないように

 

なるべく鈍感な人のふりをして生きてみたり

 

その敏感な感じる能力を持て余したり、恐れたり、憎んだりもしてた。

 

だって、そのせいで、生きにくいって思ってたから。

 

 

だけど、これも全部、自分のこととして認めていくしかない。

 

不思議ちゃんとか変な人とかって言われても仕方ない部分を、隠すのも閉じ込めるのもやめる。

 

このまんまの私で、正々堂々と生きる。

 

やっと、ここ?っていう正直な声が聞こえる笑。

 

だけど、私にもいろんな出来事があって、一生懸命生きてきて、やっとの、ここなんです。

 

 

長かった。

 

 

それで、やっと「出来るしちょっとは稼げる」と思い込んでいた元々それほど得意でも上手でもないことを辞めて(これも地味に時間がかかった笑)

 

得意なことが本当に得意か?好きか?検証して(自分のこととなるととても疑り深い笑)

 

 

やっと腹をくくって、これは出来るってことを始める勇気を持ちました。

 

 

 

【応援する方法その1】

 

エナジーワークというものに申し込み対価としてお金を渡す

 

 

Magical Slits

 

直訳すると「魔法の裂け目」みたいな感じになるんだけど

 

この目の前の世界には、他にも目に見えていない回路があってそれがスッと開く様子を表したくて

 

この言葉を選びました。あと隠語でSlitsは、まあワレメちゃん(女性の陰部のことね)という意味もあったりするのですが

 

それはなんていうかな、秘めた不思議な世界という意味も込めるのに、ちょうどいいような気もして。

 

というわけで、葉月のエナジーワーク『Magical Slits』始動します。

以下詳細。

 

 

葉月のエナジーワーク『Magical Slits

 

一般的には視覚化・意識化されていない回路でエナジーを動かします。

その方にとって最適な状態を呼び起こすような働きかけです。

チューニングしたりアップデートするような感じ。

 

・①遠隔エナジーワーク30

・①+②遠隔リーディングをして絵を描いて必要な質のエナジーをそこに注入ポストカード1

 

お申込み

平日・土日祝ともに10時頃~24時頃の中で調整するのでご希望の日時をfacebookメッセンジャーかaloha@add-coco.comまでご連絡ください。

折り返しご連絡いたします。

 

 

宇宙料金制

体感したエナジーやLOVE、お気持ちをお金に変えて

お渡しください。

遠隔の場合は終了後3日くらい以内にお振込でお願いしています。

 

 

実験的に「宇宙料金制」にしてみています。

プリミ恥部さんという方が考案したのですがその考え方に共鳴して採用しました。

宇宙料金制ならいろんな人が受けられるし、そういうエネルギーの循環としてお金も回せていけたら素敵だなと思って。

私が主催している「あまなつだれでも食堂」も自由料金制(自分で払う額を決める)で運営されています。

ここではプリミ恥部さんにリスペクトを表して「宇宙料金制」を記しています。意味は自由料金制とほぼ同じです。

こんな風に信頼ベースで超うまくいったらハッピーだなって思うのです。

 

 

 

【応援する方法その2】

 

未来に描く絵を先払いで買う。

 

過去作品ではなくて、NY帰りの私の絵が欲しいという方がもしいたら

予約の先払いみたいな感じで申し込んでください。

イラストレーションとは違うので自画像でとかのリクエストはできません。

画材も自由、NY帰りの葉月が好きに描いたものを、という方がもしいたら

タイトルに「未来の絵」と書いて

aloha@add-coco.com

まで、お名前、ご住所、電話番号をお知らせください。

 

宇宙料金前払い制です。

インスピレーションで決めてください。

送料込みでいただけたら帰国して描き次第

順次、郵送いたします。

 

 

 

【応援する方法その3】

 

とりあえず、お金を振り込む。

 

・対価としてのエナジーワークとか受けるのめんどくさい

・楽しそうな葉月の旅が実現するのを応援したいだけ

・とりあえず応援の気持ちを表したい

・絵とか興味ない

・お金なら余ってる

という方がもしいたら

それはそれでありがたく受け取らせていただきます。

 

NYに着いたらすぐにポストカードを書いて滞在中にお礼状として郵送します。

買ったものもしくは私が描いたスケッチ、何かしらピンときたものを送ります。

なのでお振込をされて郵送ご希望の方はタイトルに「生ハガキ」と書いて

aloha@add-coco.com

までお名前、ご住所をおしらせください。

よろしくお願いします。

ハガキも不要という方は、それでももちろん結構です。

 

 

 

【応援する方法どれでも振込先はこちら】

 

ゆうちょ銀行

普通口座

記号10120

番号59171911

ハヤシハヅキ

 

・他の金融機関から振込みの場合

ゆうちょ銀行

店名〇一八(ゼロイチハチ)

店番018

普通口座

口座番号5917191

ハヤシハヅキ

 

となっております。

 

とりあえず、今日はここまでですが

他にも「こんな形で応援できるよ!」とか

「こんな風になら応援できるんだけど」とか

あったらご連絡ください。

 

きゃー!

気づいたら出発まで、あと一ヶ月!

 

楽しみです!!!

よろしくお願いします!!!

 

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ポチッとしてもらえたら嬉しいです

 

 

 

 

 

 

 

 

わだばNYさ行ぐ

突然、というわけではなかったのですが

来月、2週間NYに行くことになりました。

 

ちょうど去年の今頃、本郷綜海さんの「スピプロ講座」に参加していて

その時に「絵を描く楽しさの原体験」を思い出すという出来事がありました。

 

こちら→ドアの向こうに見えたもの

 

それで、そのあと、母と中華料理店で麻婆豆腐を食べながら

「オレスタさん、どうしてるかね?生きてるかな?」

「どうだろうね?もうだいぶ経ってるし、どこか体の調子が悪いって言ってた気がするけど」

「今時、インターネットで調べたら、何か情報が見つかるかもしれないよ?」

「そうねえ」

「オレスタさんのフルネームのスペル、わかる?」

「帰って古い手帳を見たらわかるかも?」

 

ということで、母が古い手帳から出してきたフルネーム

Oresta Szeparowycz

で検索をかけてみると

facebookなどには登録されていないものの

あやふやながらも住所と連絡先を見つけました。

「生きてるのかな?届くかな?どうしてるんだろね?」

と不安になりながらも、とりあえず母が手紙を書いてみました。

 

しばらくすると

 

母のEメール宛に返事が返ってきました!!!!!

 

もう30年以上「死んじゃったかもね」と思い込んでいた私たちは

びっくり&大喜び!!!

 

ワーオ!!!

 

そして、もちろん、オレスタさんも大びっくりです!!

 

 

「なんてことかしら!超親愛なる友よ!あなたは、私にとっても、とても特別な友達よ!

よく覚えています!!!どうしてたのかを全部話して!!娘は元気なの?あなたは元気?まだ働いているの?

私は創作が好きだから今は石で彫刻とかしてる!!とにかく、見つけてくれてありがとう!!なんて嬉しいんだろう!!」

 

母にこのメールを見せてもらうと、オレスタさんは驚きと興奮で

本文ではなく、タイトルにほとんどのメッセージを書いてしまっていて笑

なんだかちょっと可愛くて笑ってしまいましたが

本当に驚いたし嬉しくて、喜び合いました。

 

そして、母に「オレスタさんに会いにNYに行こう!」と言いました。

 

「そうねえ、会いたいわねえ」

 

と言う母。

 

私は行く気満々で「行こう!」と言いましたが

母は私があまりお金を持っていないのを知っているので

 

「あなたの分は誰が出すのよ?笑」

 

と言いました。黙る私。

 

もちろん、あるならいくらでも出しますが、無いので黙っていました。

だけど行きたい!せっかく見つかったんだもの!しかも生きてる。

 

 

今なら、行けば、生きてるオレスタさんに会えるのです。

行かないという選択肢が見つからない。

 

 

しばらくすると、母もやっぱり同じ心持ちだったようで

 

「行こうか、NY。オレスタさんだって私だって、もう年だしね。」

 

と言いました。私のチケット代を肩代わりする気でいてくれたようです。

 

 

でも、私、もう41歳、母は70歳。

 

 

いくらなんでもこの歳になってもスネかじってるなんて、と思い続けて何十年。

 

いい加減、どうにか自分で資金を作りたい。(当たり前)

 

「なんとかするよ、お金」

 

とは言ったものの、家の引越しや母の引越しもあったり

どうしようか、なにしようか、考えつつ

なかなか決まらないまま月日は流れバタバタとやることに飲み込まれる生活。

春、やっと子どもたちが休み&進級でホッとした私に

 

「オレスタさんが、来るならもちろん泊まりにおいで、いつ来るんだ?って言うし、もう日程決めて飛行機とっちゃおう!」

 

と母が言ってきたのがつい2週間前くらい。

 

 

今からでも時給が安くても何でもバイトでもすれば、多少は貯まるかもしれない。

 

もちろん、それは一つの選択肢としてある。

 

 

 

だけど、どうしても私は今回、私が得意なことや好きなことで得たお金で

 

NYに行く資金を作りたいと思った。

 

 

せっかく私に「絵を描くことの楽しさ」を教えてくれた人に会いに行くんだから

 

出来ることならそういうエネルギーを集めて行きたい。

 

 

というわけで

 

よかったら、応援してください!!!!

 

 

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映画『リバーズエッジ』観終わった印象とか雑感

最後にかかった小沢健二の歌が唐突だったこと

小沢健二の歌だけが至極健全で、生命力を放ちまくってたこと

エンディング曲の違和感→唐突さとその生命力な感じと、あとそれまで完全にフィクションの世界だったのにいきなりリアルな世界のことを歌っている感じを、どう捉えたらいいのか受け止めきれない感じで終わっていくエンドロール

 

映画そのものは原作にかなり忠実に作られていると思った。

 

出てくる人たちが全員、亡霊のよう。体と魂と心とが全部ズレてて、まともに生きていない感じ。

 

一番美しいシーンは山田くんが「あの人がいて、僕は、あの人を見ることができる。それだけでいいんだ。」このプラトニックなラブこそが愛じゃねーのとひどく心を打つものがあった。当時もそんな風に強く思ったことを思い出した。

これは岡崎京子から小沢健二へのラブレターを代弁させていると思った。

 

しかし、岡崎京子は小沢健二のことが大好きだったはずで、その小沢健二をモデルとした山田くんを

ボコボコに殴打されまくったりする設定としてよく描けたな、と思う。

 

実際、当時の小沢健二は、全然的外れな批判とか、クソみたいな嫉妬によって「ボコボコ」にされていたから

そのことを描いているのかな、とも思った。

 

あとこれは当時の小沢健二に対する警告のようなものでもあったのではないかという気がする。

それはボルデモード的なオリーブ少女的な可愛い子猫ちゃんたちを悪意はなくとも結果的に「騙して」いて

「騙す」ことで彼女たちに幻想を抱かせ「殺して」いる面があるのでは?と。

まあそれも彼女たち自身が、勝手に抱いた「嫉妬」に身を焦がして自爆するわけだから

知ったこっちゃねーよ、なのだけど。

それってさあ、どうなの?という問いにも見える。

 

嫉妬とかオリーブ少女の持つ無邪気な邪悪さ(相手の本質なんて見ていなくて、相手の見た目やそれらに付随するステイタスだけを愛し、それらを所有することでのし上がろうとする欲望)を徹底的に憎んでいるんだなってことを痛感した。

 

本当に登場人物が全員ムナクソ悪くて、全員大嫌いだったんだけど

心情の一部分として切り取ってみると共感できるところもある。

 

それほど好きでもない相手と寝たり、セックスしても興味を持ったり好意を持ったりしていたわけじゃなかったりするような不感症の部分とか

そうして無数の擦り傷を負うようなことを自分に許すことで、自分を大切にできていなかったり。

 

でも、どうして「死体が宝物」たりえたのか?は当時も、今も、全然わからないし共感もできないままだった。

 

全体を通して、非常に「しんどい」世界。

描かれている登場人物もだし、リバーズエッジを読んでいた当時高校生だった頃の自分もとても「しんど」かった。

 

当時のしんどさ(片親だったのに、親が恋人のところへ行ったっきり帰ってこない日が多かったこととか、誰からも愛されていないんじゃないかという不安が自分を蝕む感じとか、ストレスを感じると食べて痩せたくて吐くこととか、進学校で勉強しないといけなかったり、学力至上主義的な入試システムに回収されていく感じへの抵抗感とか)がフラッシュバックしまくって、映画を観つつも反応する自分が、マジしんどかった。

 

 

ああいう感じを、回収して、今こそ、映画にすることで、もっと私の中の何かが癒されるかと少し期待してみたけれど

全然そういうことは無かった。

 

それでも、まあ、思うのは、しんどかったけど、私頑張ったな。よくサバイブしてきたな、ってことくらいだ。

 

リバーズエッジ、特に観ることをオススメしたくなるようなものでも無かった。

 

良くも悪くも、あの当時の「しんどさ」を引きずったまま、私たちは生きていて

今もまだ、生きている。

そのことは、単純に、よかったね。と思える。

 

小沢健二はインタビューで本当のことを言うようになったのかな?

 

本当のことって、言葉にすることができるのかな?

 

言葉にしようと、もがけばもがくほど、砂に書いた文字のように消えていくような気がする。

 

でもその砂とか砂際に吹く風とかは、本当、だなって、思う。

 

しかも、結びにこんなことを書くと「いかにも小沢健二のファン」な感じがして非常に恥ずかしい。

 

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スピプロ、本当に終了!

今年の4月から通った

本郷綜海さん主催の「スピリチュアル・プロフェッショナル養成コース」を

2週間前に修了した。

 

前にもそのことは軽く書いたのだけど昨夜、綜海さんが111名の参加者に対する

ホールドという意識の状態から解かれた。本当の意味で終了だ。

 

それを目前にして参加した仲間たちから次々と奥底からひねり出したような

魂からの告白が続く。

熱を帯びた本当の想い。

 

それがどんどん連鎖反応のようにスパークしては

私のFacebookのタイムラインに打ち上がってくる。

 

その一つ一つを手に取るようにして読んだ。

 

胸が温かく拡がる感覚になり

満ちる。

 

 

人間って、いいな。

 

 

みんな輝いてるな。

 

 

最初は100名を超える同級生達の湧くようなエネルギーに圧倒されて

 

全く馴染める気がしていなかったのに

 

修了してホールドが解かれる今は

 

参加者の誰も彼もを愛おしく思っている私がいる。

 

不思議だな。

 

でも、よかったな。

 

多分これは、みんなとお互いに知り合っていったというせいだけでなく

 

私のハートが開いたせいでもあり

 

みんなのハートが開いたせいでもあり

 

信頼関係が築かれていった証拠でもあり

 

そのすべての起こるような空間を綜海さんが意図して設定しておいたせいでもあり

 

なんとも、感慨深かった。

 

 

友達100人できるかな?なんて童謡があって

 

大人になった私に、まさかいっぺんに100人できるとは思ってもみなかった。

 

 

アーティスト枠でコミットメントし始めた私の

 

ハートの奥が開帳し、そこからヒーリング能力立ち上がるとは

思ってもみなかった。

 

 

「人生は何かを計画しているときに起こる、別の出来事のことである」

 

って大好きな星野道夫さんの本に書いてあるんだけど

 

本当に、そうだなあって思う。

 

小さな小さな自分には計り知れない力や意図が働いているかのように

 

感じるのです。

 

本当に、私の体は、スピリットの乗り物なんだなあって

 

今すごく実感しています。

 

スピプロのことを書こうと思ったのに、なんか違うこと書いちゃった気がするけど

 

またいずれそのタイミングで書いていきますね。

 

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星の配置と響きと私

星を読み、あなたの未知を開く Rebirth貴音さんの

星読みモニターセッションを受けました。

 

ちょうど悩んでたというか落ち込みかけていたところに声をかけていただき

素晴らしくいいタイミングで見てもらえることになりました。

 

生年月日から読み解いてもらったことはあったのですが

今だとどんなふうに読めるのかな?と思って。

 

そしたら、今までの何もかもが、全部

 

「そういうことだったのか!」

 

みたいな感覚になった。

 

何も間違ってなかった。

 

あれもこれも無駄でも何でもなかった。

 

そして自分の感覚的な自己認識も整合して

 

「これでいいのだ!」

 

から

 

「天才な~のだ~!」

 

がちょっと芽生えた感じになりました。

 

自分が生まれた時の星の配置が

 

私に響きを与えているというか

 

その響きそのものが結晶化したというか

 

私が私だと思っているこの塊が響きそのものだった

 

 

今までのことや、今思っていること

 

今後こうなっていきたい

 

自分の直感は間違ってなかったと確信を得ました。

 

 

そして、このセッション中に思い出したことがあります。

 

それはある夏の渋谷でのこといや、長くなるので、また今度続きを書きます。

 

 

 

星読みをしてくれた貴音さん、どうもありがとうございました!!!

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グラウンディングコーチ♡モニターご感想④

グラウンディングコーチモニターセッションの感想をいただきました。

 

グラウンディングコーチをすることになると、必然的にしっかり自分自身が

深くグラウンディングする必要があるので、自分自身がとてもいい感じになります。

 

そんな面も私がグラウンディングコーチセッションをするのが好きな理由だったりします。

そしてこの心地よさが伝わってその人本来のあり方に還っていける感覚をつかめるだなんて

なんて素敵なことだろう、と思う。

 

グラウンディングを学んできて、本当によかったとしみじみ思う毎日であります。

 

誰もが自分の体の中に心地よくくつろぐことができたら、いろんなことが変わってくるだろうな。

 

 

【感想】

 

エネルギーをおろす、といわれると、

なんだか得たいの知れないどろどろしたもの?を自分に浸透させるのか

と思っていたのですが、そうではなくて

身体の各部位を感じていくことで

「自分の"身体としての"範囲がどこまでなのか」

を知るということなのだな、と感じました。

あれをしなきゃ、これをしなきゃ、みたいなものを

一旦身体のなかに「収めてしまう」というような表現が

感覚としては近いかもしれません。

 

 

骨盤とか胸はダンスでも動かしてきたけど

それよりももっと内側まで意識することに違いがある、と思った。

終えたあとは、足がずーんと重くなり、ちゃんと立ってる感じがした。

あと、小指とか小さいところでも、踏みしめている感じもした。

 

こんな感じか!としっくりきたのは、

「骨盤」と「胸(ハート)」に「なんとなく繋がっているな、」

と感じる距離感があるということです。

 

ダンスや剣道をしていたので「背筋=伸ばすのが絶対的に正しい」

みたいな思い込みがあったのですが

ハートと骨盤を繋げようとすると

ピンと張りつめて背筋を伸ばした状態だと

少し遠いな、ということがわかりました。

 

頭頂→ハート→骨盤

が一直線にある感じがベストかな、という感じがしました。

 

あと、骨盤は感じるのに、ハートが弱めだと気づけた、

 

です!

 

ありがとうございました(*^^*)(*^^*)

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出る杭は、堂々と出たら打たれない

私を特別扱いして~という欲求の強い人には

 

きっと理解しがたいことなんだろうけど

 

私の中には

 

「特別扱いされたくない!」

 

という気持ちがあることに気がつきました。

 

なぜか

 

それは今までしょっちゅう

 

 

特別扱いされてきたからです!

 

 

自分でもなんでか知らないけど

 

子供の頃から相手が誰であろうと

 

自分の言いたいことを言ってきた感じがあって

 

相手が大人だろうと先生だろうと

 

友達だろうと見知らぬ人であろうと

 

立場や年齢などを超えたところで「対等である」という認識が

 

なぜかあった。

 

全然自分でも理由はわからない。

 

 

そして、ただ自分がそうあるだけで

 

 

「すごく意見を言う人」

 

「思いが強い人」

 

 

みたいになっちゃうのがもうすごく不思議で私にとっては。

 

 

よく、言いたいことが言えない、とか

 

思ってたけど、言えなかった、とか

 

あるじゃないですか。

 

私にもそういうことが、ないわけじゃないんですよ。

 

 

でも、意見を出したりするときはすべての人が自分と同じように

 

自分のこの思いから生まれるこの意見は対等に貴重である

 

と思っているだろうと思っているんです。

 

 

でも、どうやらそうじゃないらしいんだな。

 

 

私は「世界にたった一人しかいないこの私の意見というのは

 

世界にたった一人しかいないあなたの意見と等しく貴重である」

 

と思っているのだけど

 

 

え?!もしかしてそんな風には思ってないんですか?!

 

と思うような発言をよく耳にするので

 

やっと気づいたりしてきたんです。

 

 

自分にとって当たり前のことって

 

周りを知らないことには差異に気づきにくいですよね。

 

 

それで、例えば、意見を言うと、声を上げると

 

なぜか突出していしまう、ということが現象としてあって。

 

私は「あれえ?みんなも言って~?じゃんじゃん出し合っていこう?」

 

と思っているんだけど、ここでもう

 

「すごーい」とか「私には言えないですけど共感しました~」とか

 

言われたりして、えーと、すごいとかじゃなくて、あのう。。意見出し合う件どうなった?

 

と、なるんですね。

 

 

あ、少し話しずれたかな。

 

 

「特別扱い」された経験がある人にはわかるかもしれないけど

 

依怙贔屓されたりすると「私も特別扱いされたい!」って思ってる人にとっては

 

「なんであの人だけ」と嫉妬の対象になるし、さらにこじれてると

 

「引き摺り下ろしてやる~!」とは言わなくても

 

そういう無意識の意図からの棘のある発言を浴びたり行動されたり

 

するものなんですよね。

 

 

でね、ここで私がちゃんと自分の「特別さ」を受け入れていたら

 

その「特別さ」を私がちゃんと活かしていたら

 

「まあそういうこともあるか、仕方ない」

 

って思えるんだろうけど

 

実際は、全然そうじゃなくて

 

「みんな等しく『特別』じゃ~ん?」

 

「ひゃー!なんで私だけ!?」

 

って思っちゃっていたんですよね。

 

自分の自分としての特別さ、ユニークさを受け入れて使っていなかったからだろうなあ。

 

 

だから依怙贔屓してくれたり、特別な存在としてみてくれることは

 

心の底では嬉しいんだけど

 

「やめて~!」「こわい~!」「普通だし~!」

 

という声も心の中にこだましていて

 

あまり心地の良いものではなかったんです。

 

 

でも、もうそういうの、やめることにしました。

 

 

私って、すごいんだ。

 

私って、特別なんだ。

 

私って、天才なんだ。

 

 

誰もが同じくそうなように

 

私は、私の特別さを、しっかりと受け入れて

 

その特別さを抱っこしてかわいがって

 

手をつないでいてあげようね

 

と思いました。

 

依怙贔屓、ばんざーい!!

 

依怙贔屓されても、もう、大丈夫。

 

 

そんな私で生きていこうと決めました。

 

めでたしめでたし。

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グラウンディングコーチ♡モニターご感想③

グラウンディングコーチモニターセッションご感想♡③

 

こうしてご感想をいただけると、じんわり喜び胸の内に広がるのを感じます。

 

グラウンディングコーチセッションのモニター募集を近日中に発表しますのでお楽しみに

 

【グラウンディングコーチ感想】

今日はありがとうございました。

グラウンディングできない!というのが私の長年の悩みで、すぐ地に足がつかなくなる、ふわふわした感じになる、頭と体がバラバラ、頭の中が言葉でいっぱいになる、頭の速さに体がついていかない、などなど、ずっと悩みでした。

 

「意識が身体の中に収まる」というのが意味不明というか、

意識が全部外に行っていて、体が完全にお留守、空っぽ、というのが私の普通の状態でした。

整体に行ったら、骨盤が固まりすぎている、いのちを止めていると。(よくこれで子ども産めたねみたいなw

わかってはいるんだけど、どうすればいいのかなという感じでした。

 

グラウンディングコーチをしていただいて、

私は心臓があり、肺があり、胃があり、腸があり、骨盤があり、、そういうことを実感しました。

当たり前なんですけど、全然わかっていなかった。

頭というのはその上に「ちょこんと乗っている」だけのものだった。

 

骨盤のエネルギーを感じる時に、「それを感じてはいけない」のような気持ちがとても強いことがわかりました。

子どもを二人産んだ後であっても、まだ私にとって性はタブーのような気持ちがあったのだと驚きました。

「気持ちよくていい、心地よくていい」という許可を自分に出せたことは革命のようなものでした。

 

グラウンディングできた後の感覚を味わってみると、骨盤のしなやかだった子供時代の感覚が戻ってきたという感じがしました。

とても懐かしく、豊かなエネルギーが自然と湧いてくるという感じ。

豊かなエネルギーに、自分が繋がったという感じ。

 

やっとここまでたどり着いたー、と思いました。

この感覚にずっとつながっていたいと思います。

本当にありがとうございました。

 

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